最高裁判所第三小法廷 昭和48(あ)281 判決
主 文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理 由
被告人本人の上告趣意は、事実誤認の主張であり、弁護人青木孝の上告趣意第一
点は、事実誤認の主張であり、同第二点は、憲法三一条違反をいうが、実質は単な
る法令違反の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
しかし、所論にかんがみ職権で調査すると、原判決は、次のように刑訴法四一一
条一号により破棄を免れない。
本件公訴事実について、第一審判決及びこれを維持した原判決が認定した事実関
係及びこれに対する法律判断は、おおむね次のとおりである。
すなわち、被告人は、自動車運転の業務に従事するものであるが、昭和四五年五
月二日午後一一時四五分ころ普通乗用自動車(以下被告人車という。)を運転し、
東京都武蔵野市a町b-c-dの交通整理の行なわれていない、左右の見とおしの
困難な交差点をe方面からf町方面に向かい直進するにあたり、一時停止の道路標
識に従い交差点手前の一時停止線上で一時停止したが、左方道路の交通の安全を確
認しないで時速約一〇キロメートルで交差点に進入した過失により、おりから幅員
四・八メートルの左方道路を時速約五〇キロメートル(制限速度は時速四〇キロメ
ートル)で交差点に向かい進行してきたA運転の普通貨物自動車(以下A車という。)
を左方約三七メートルに発見したが、時すでに遅く、進退に窮して、そのまま交差
点を通過しようとして通過しきれず、自車にA車を衝突させ、よつて自車に同乗し
ていたBに傷害を負わせた、というものである。そして、原判決は、Aが少なくと
も制限速度である時速四〇キロメートルを守り、被告人車を発見すると同時に急制
動をしていたならば、本件事故の発生を見なかつたという点で、本件事故の主たる
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因子はAの過失にあるにしても、被告人も左方道路の交通の安全を確認せずに交差
点に入つた過失は否定できない、というのである。
しかし、本件記録によると、被告人車の進行した道路は、幅員四・四ないし四・
六メートルの乾燥したアスフアルト簡易舗装の東西直線道路(以下東西道路という。)
であり、A車の進行した道路は、これとほぼ直角に交差するアスフアルト簡易舗装
の南北直線道路(以下南北道路という。)であること、東西道路の交差点入口東側
手前〇・八三メートルの地点に道路標識による一時停止の停止線が設けられている
こと、東西道路の両側及び南北道路の両側にはいずれもブロツク塀があるため左右
の見とおしは悪く、一時停止線上からの左方道路の見とおしもブロツク塀にさえぎ
られて悪いこと、東西道路、南北道路とも優先道路ではないこと、交差点の中心の
上空約五メートルのところに東西道路に向けて「止まれ」、南北道路に向けて「徐
行」と染めぬいた行灯が設置され、点灯されていたこと、被告人は、一時停止線上
で一時停止したが、そこからでは左右の見とおしが悪いので、発進徐行(時速約一
〇キロメートル)しつつ、交差点に進入したところ、左方からくるA車を発見した
が、同車との距離が約三七メートルあつたため自車が先に交差点を通過し終ること
ができると考えて、そのまま進行したことがうかがわれる。
ところで、右交差点は、交通整理の行なわれていない、左右の見とおしの悪い交
差点であり、東西道路と南北道路の幅員はほほ等しく、かつ、南北道路は優先道路
ではないから、A車のように南北道路を北進して交差点に進入しようとする車両は、
東西道路に一時停止の標識があつたとしても、本件当時施行の道路交通法四二条に
従い、交差点において徐行しなければならないのである(最高裁昭和四三年七月一
六日第三小法廷判決・刑集二二巻七号八一三頁参照。)。
しかるに、原判決の確定した事実によれば、Aは、制限速度を超えた時速約五〇
キロメートルで進行し、交差点手前約二〇・五メートルに至り、初めて被告人車を
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発見し、急制動の措置をとつたが間にあわず、交差点内で被告人車に衝突したとい
うものであつて、本件事故は、主としてAの法規違反による重大な過失によつて生
じたものというべきであり、このことは、原判決も認めているところである。
しかし、進んで、原判決が説示しているように、被告人にも過失があつたかどう
かを検討してみると、本件のように交通整理の行なわれていない、見とおしの悪い
交差点で、交差する双方の道路の幅員がほぼ等しいような場合において、一時停止
の標識に従つて停止線上で一時停止した車両が発進進行しようとする際には、自動
車運転者としては、特別な事情がないかぎり、これと交差する道路から交差点に進
入しようとする他の車両が交通法規を守り、交差点で徐行することを信頼して運転
すれば足りるのであつて、本件A車のように、あえて交通法規に違反し、高速度で
交差点に進入しようとする車両のありうることまでも予想してこれと交差する道路
の交通の安全を確認し、もつて事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務は
ないものと解するのが相当である。
そうすると、原判決は何ら特別な事情にあたる事実を認定していないのにかかわ
らず、被告人に過失責任を認めた第一審判決を是認しているのであるから、原判決
には、法令の解釈の誤りまたは審理不尽の違法があり、この違法は判決に影響を及
ぼすことが明らかであるから、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと
認められる。
よつて、刑訴法四一一条一号により原判決を破棄し、さらに審理を尽くさせるた
め、同法四一三条本文により本件を原裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致
の意見で、主文のとおり判決する。
検察官桂正昭 公判出席
昭和四八年一二月二五日
最高裁判所第三小法廷
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裁判長裁判官 江 里 口 清 雄
裁判官 関 根 小 郷
裁判官 天 野 武 一
裁判官 坂 本 吉 勝
裁判官 高 辻 正 己
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